--- 思考空間
日本型の人事 差がつく仕組み
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 日本の大企業が採用してきた年功制は、実はかっこ付きの「年功制」である。年功ベースとはいっても、社員間の差など、とっくの昔からついていたのである。少し考えれば分かることだが、抜てきや上の世代を追い抜く人事がなければ、定年までに社長が生まれるわけがない。
 にもかかわらず、「あなたの会社は年功序列ですか、能力主義ですか」というアンケートをすると、多くの企業で二十代社員のほとんどが年功序列だと答える。ところが、同じ企業でも四十歳以上ではほとんどが能力主義だと答えるのである。
 これは、能力だ業績だと騒いで制度を変えなくても、昔から個人の力量で差がついていたことを示している。実際、四十代になると部長や課長がいる一方で、まだ係長やヒラの人もいる。大卒ばかりの事務系職場でさえそうなのだ。
 ではなぜ、二十歳代にはその差が見えないのだろうか。実は二十歳代でも、すでに差はついているのだが、ほぼ同時期にヒラから主任、係長と昇進するため、差を感じにくいだけなのだ。
 だが、同じ「係長」でもエリートコースの係長と、そうではない係長のポストがある。同じ職位・給与でも、仕事の内容がまるで違うのである。当然、仕事の内容が違えば、成果や評価にも差が出るから、その後の進路は加速度的に大きく変わってくることになる。それが年功序列に見えるのは、若い人が昇進時期と給料の額しか見ていないからである。
 例えば、同期の間で優秀だと見られている人の昇進が遅れることがある。これは、彼もしくは彼女にしかできない重要なポストが空くまで、待機させるからである。
 「特別な力量が求められ、会社にとっても重要な仕事は、それを任せられる優れた人材を、誰でも努力すればできる仕事には普通の人材を、そして、どうでもいい仕事にはどうでもいい人材をあてるのです」。これはある人事担当者の言葉である。しかも自ら自分の会社を「年功序列」的だと評している人の言葉なのである。
 係長クラスでも、すでに仕事の重要度にそれだけの大きな開きがあるということに、ほとんどの人は、人事担当であるかどうかにかかわらず同意するのではないだろうか。若いころに、昇進の時期と給料ばかりにこだわって、能天気にうちの会社は年功序列だなんて言っていると、真実の姿を見失うことになる。




高橋伸夫/東京大学教授

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